RECRUIT 採用情報

INTERVIEW

関東マネージャー
上田 公二Koji Ueda
2006年 OB・OG採用

元祖 ダンクイケメン!!

上田 公二 にとってダンクとは 素の自分でいれる場所 だ!!

変に難しく自分にこうしなきゃっていうことを考えないでいい。
受け入れてくれた人がいたからかもしれないが、素の自分のままでいられる。

どんな学生時代だった?

大学は野球ばっかりしていました。マジでプロを目指していました。
毎日朝6時~練習して、授業出て、23時まで練習そんな毎日でしたが、おやじの影響もあって野球「おもろー」って思っていたので本当に楽しかったです。ただ、ケガをして諦めました。そして大学も辞めました。
大学を辞めてから、短期バイトや他の焼鳥店でバイトをしていたんですが、帰り道に本店の前を通る度にいつも満席で、なんでこの店いっつもいっぱいやねん!活気…なんでやねん!って興味をもって、面接を受けました。

入社したきっかけ

ダンクの熱量がすごすぎて、しんどってなって1回辞めています。
他の焼鳥店で就職したのですが、お客様との向き合い方がちがう(巻き込む力・お客様のことを語る)社員の熱(根っこから楽しんでいた・出勤したくないって気持ちがなかった)はちがうと感じて、ここでの社員は楽しめてないなーと思いながら本店の前を通った時に当時の店長の西原さんと目が合って、お店に入ったら「お前顔くさってんなー」「戻ってこい」と言われて、社員になりました。

入社してからのギャップ

しんどーっていうギャップは2年間くらいなかったです。
鴫野店を離れた3か月後に鴫野店の売り上げが下がって苦しい…。相談してくれる人に何てアドバイスをしたらいいかがわからない。経験したことがないことを経験して苦しい。
その時に、「想いを伝える」ということを知った。それまでは、作業能力でリカバーすることだけをしていたんだと思います。

働いていて一番うれしかったこと

初めてとった、最優秀店舗。川崎砂子店での受賞が初めてでした。
お店として評価されたことが嬉しかった。みんながよろこんでくれたし、変わらないといけないと思っていたこと、変化も形になった!みんなが頑張ったなー。この辺りから怒鳴り散らさなくなりました。
パートさんにも応援されたのは大きかったです。ありがとうの手紙などを通し、パートさんにも ハートがきれいになってきた・モモキのネギがきれいになったなど変化を伝えることをし続けた。
お店をよくしたいという想いが形になったと思います。

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